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最高裁判所第三小法廷 平成9年(し)240号 決定 1998年4月21日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は所論のような趣旨まで判示したものではないから、前提を欠き、その余は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、少年法三五条一項の抗告理由に当たらない。

所論にかんがみ、職権により判断する。

記録によれば、本件は、二台のバイクに分乗した少年ら五名が、大阪市平野区内の路上において、自転車に乗った塾帰りの中学三年生四名から金銭を喝取し又は喝取しようとしたとされる恐喝、同未遂保護事件であり、少年が犯人であることを否認して全面的に争っている事案であるところ、原原審は、捜査段階で少年らとの共謀を含む非行事実を認めた一名の証人尋問を行った後、少年法一六条に基づき同証人の捜査段階における取調べ状況等についての報告をするよう警察署長及び検察官に援助協力を依頼してその回答を得たが、少年の附添人には右依頼をしたことも回答を得たことも知らせないまま、その回答の一部をも考慮して右証人の捜査段階における供述の信用性を肯定し、他の証拠と併せて非行事実を認定したことが明らかである。

本件のように少年が非行事実の存在を争っている保護事件においては、その争点について、援助協力の依頼に応じた捜査機関から送付を受けた証拠は、附添人が選任されている場合には、特段の事情のない限り、その証拠の送付を受けた旨を附添人に通知するのが相当であり、附添人が選任されていない場合には、証拠の重要性に応じて、その内容の要点を少年に告げるなど少年に防御の機会を与えるよう配慮した運用が望ましいが、本件においては、捜査機関から送付を受けた回答の存在を附添人に了知させなかったのであるから、その措置は妥当性を欠いたものというほかない。

しかしながら、記録によれば、送付を受けた回答は、附添人らがその内容を了知していた捜査書類を要約したもので、援助協力の依頼の時点で既に捜査報告書にまとめられていたものとか、前記証人が検察官に事実を認める供述をした際の様子を記載したものなどであって、これらは、証拠全体の中で重要な位置を占める性質のものとはいえず、しかも、少年に対しては、審判全体を通じて、前記証人に対する尋問を含む十分な防御の機会が保障され、右回答の存在を知らなかったことにより防御上特段の不利益を生じたともいえない。このように、回答の重要性の程度、性質、審判全般における少年の具体的な防御の状況等に照らして考えてみると、原原審の措置をもっていまだ裁量の範囲を逸脱した違法なものということはできないから、原決定は結論において正当である。

よって、少年審判規則五三条一項、五四条、五〇条により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官尾崎行信の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官尾崎行信の意見は、次のとおりである。

私は、本件抗告を棄却すべきものとする多数意見の結論には同調するが、その理由を異にし、原原審の措置は妥当性を欠くというにとどまらず、違法であると解するので、この点についての私の意見を明らかにしておきたい。

一 本件のように少年が非行事実の存在を争っている保護事件においては、その争点について、援助協力の依頼に応じた捜査機関から送付を受けた証拠は、防御を尽くさせるため、特段の事情のない限り、少年側に対しその証拠の存在を了知させなければならないと解される。このことは、多数意見がいうような運用論にはとどまらないのであって、家庭裁判所には、援助等の依頼に対する回答の存在を少年側に了知させる少年法上の義務があると解すべきものと思われる。

二 非行事実の認定に関する証拠調べの範囲、限度、方法の決定が、家庭裁判所の完全な自由裁量に属するものではなく、その合理的な裁量に委ねられたものであることは、当裁判所の判例の判示するところである(最高裁昭和五八年(し)第七七号同年一〇月二六日第一小法廷決定・刑集三七巻八号一二六〇頁)。特に本件のような否認事件においては、非行事実の不存在を主張して争う少年に対し十分な防御の機会を与えることは、憲法の適正手続条項の趣旨とするところであるから、援助等の依頼に応じた捜査機関から送付を受けた証拠について、その存在を少年側に告知することを家庭裁判所に義務付ける明示の規定がないからといって、原原審の措置が違法にならないということはできない。少年に対して十分な防御の機会を与えることは、家庭裁判所の事実認定に対する少年の納得ないし社会の信頼を確保することにつながるものであるが、そのような信頼は少年法の企図する教育的機能の前提をなすものである。本件において、原原審が、捜査機関に援助協力の依頼をしたこともその回答を得たことも附添人らには全く知らせないまま、決定書において卒然とその回答の内容を引用して少年の非行事実を認定したことは、家庭裁判所の審判の公平性に対する信頼や審判そのものの公正感を著しく損なうものであるとともに、少年側に事実認定上の不意打ちを与えるものであり、少年から右回答についての十分な防御の機会を奪ったものといわざるを得ない。原原審のこのような措置は、法一条の宣明する少年法の基本理念に照らして違法というほかないと思われるのである(前記決定における団藤裁判官の補足意見参照)。

三 現行少年法が少年審判につき職権主義的な構造をとっていることから、家庭裁判所が職権により証拠を収集して事実を認定することに何の制約もなく、探知した証拠を少年側に開示する必要はないとする見解もあり得ようかと思われる。しかし、本件における問題の核心は、非行事実を争う少年側に防御の機会をどの程度保障すべきかという点にあり、職権主義か当事者主義かの構造論から直ちに結論が導かれるものではない。少年審判につき当事者主義をとらなかったのは、少年の保護育成という教育的機能を損なわないためであると解されるが、そのことと少年に十分な防御を尽くさせるということは、別の問題であり、前記のとおり、むしろ、十分な防御の機会を与えることが教育的機能の前提をなすものと考えるべきである。

家庭裁判所が捜査機関に対して援助等の依頼をする場合には、万が一にも家庭裁判所の公正らしさが疑われることのないようその事前事後において周到な配慮をもって臨むべきであり、このような判断機関としてみれば例外的な措置をとった場合には、その反面として、少年に防御の機会を確保させるとともに、手続の公正さを担保するため、捜査機関から証拠の送付を受けたことを少年側に了知させるべき特段の措置が要請されると解されるのが相当である。

四 右のように原原審の措置を違法と解することは、附添人に閲覧権を保障した少年審判規則七条の趣旨にも沿うものと考えられる。すなわち、同条により、附添人は、審判開始決定後は保護事件の記録を閲覧することができるとされ、家庭裁判所の許可があれば、謄写も許されている。なるほど、援助等の依頼の結果送付された証拠は、記録に編てつされており、いつでも閲覧できる状態にあったと考えられるから、問題の回答が得られたことを少年側に通知しなくても直ちにこの閲覧権を侵害したとはいえないであろう。しかし、本件においては、附添人は、援助等の依頼がなされる以前に送致記録全部の謄写を終えていたというのであるから、援助等の依頼をしたこと、又はその依頼に対する回答が到着したことを家庭裁判所から通知されなければ閲覧する動機付けが与えられないわけであり、実質的には、通知があって初めて閲覧の機会が与えられたということができる。少年審判規則七条が附添人に閲覧権を保障した趣旨からも、援助等の依頼に対する回答の存在を少年側に了知させなかった原原審の措置は違法であるというべきであろう。

五 以上のように解すれば、原原審の措置は合理的な裁量の範囲を逸脱して違法であるが、本件においては、原決定もいうように、回答がなくても少年の非行事実を優に認定することが可能であるから、この違法は決定に影響を及ぼすものとはいえず、結局、本件抗告は棄却すべきものである。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

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